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クランクケース内圧コントローラー ver.2.0

新型クランクケース内圧コントロールバルブ開発の経緯

クランクケース内圧コントロールバルブ(以下内圧コントローラーと略す)とは(株)NAG S.E.D.(ナグ エス・イー・ディ)が開発した「クランクケース内圧を下げる」ためのバルブである。(詳細はこちら

クランクケース内を減圧する、と言う考えは吉村誠也氏が独自の装置によってクランクケース内圧を下げた記事を雑誌等に公表した頃から認知度が上がり始め、NAG S.E.D.から簡便にクランクケース内圧を減圧するバルブ(内圧コントローラー)がリリースされたことを受けて間違いなく2009年のトレンドのひとつとなったといえよう。

市場には同様の機能を謳う商品が現れ始めた今、この分野に先鞭をつけたメーカーの沽券をかけて内圧コントローラーがリニューアルされた。

 

従来品でもその効果については非常に高いものがあったが、更に低抵抗を推し進め、乳化したペースト状のオイルによってバルブの動作が阻害されるという構造的弱点に徹底的にメスを入れたものとなった。
見た目は「多少小さくなった」と言う程度の差異だが、その中身は地道な試行錯誤とアイデアが詰まっていて、完全新作といっていい進歩を遂げているそうだ。
コントローラ新旧比較
Fig.01 コントローラー外観。左から従来型、新型ストリート、新型レース

 

従来品との違いは大きく3つで、動作特性の改善のためのストローク変更、抵抗低減のためバルブクリアランスの見直し、バルブスティック(張り付き)防止のための内部形状の変更である。
ストロークは従来品よりも短くされた。(これが全長の差となっている) これによって特性が変わり、またボディに打ち付ける力が強くなることでバルブが反発して閉まりやすくなり、張り付き防止にも一役買っている。
バルブクリアランスは拡げすぎると耐磨耗性が損なわれるため、耐久性と性能のバランスを入念に取られている。
張り付き対策においてはオイルとグリスを混ぜこんだペーストを詰めてテストを重ね、スライドバルブとボディの接触面形状を吟味したと事。


この新型コントローラーをテストできると言う僥倖に感謝しつつレポートを献じたい。

新型ストリート

まずはリニューアルなった新型ストリート用内圧コントローラーをつないでみる。
従来のコントローラーに比べて全長が短い。振ってみても特に変わった音がするわけでもない。
新型ストリート用
Fig.02 コントローラー取り付け例1


私は従来品に不満を持ったことはなく、正直このテストで差を感じられるか自信が持てなかった。

エンジンを掛けてみる。
従来品も作動音が気になったが、新型は更に顕著で耳につくレベル。高速道路などで巡航していると馴れない内は体感速度を誤るほどの音の大きさだ。
これはストロークが短くされたことでより強くボディとバルブが打ち付けられているので仕方ないところだろう。

 

ギアをローに入れていつもの峠を走り始めると従来品と同様軽く吹ける。
いつもどおり一つ目のコーナーへアプローチした時にその差は歴然となった。
減圧効果が実にシルキーで上品。

ビッグシングルバイクでバルブなしだとスロットルを閉じた瞬間コンマゼロ数秒間の空走感のあと「ガツン」と問答無用で発生する強烈なエンジンブレーキに悩まされる。
内圧コントローラーはこれを「カクン」と言うレベルに抑えることに成功した。

 

今回の新型コントローラーはスロットル操作にリニアにエンジンブレーキを発生する。
スッと閉じればスッとエンジン回転が落ちていく。バックトルクが実に自然に処理され、扱いやすさが増している。例えるなら解像度が上がったというか、制御ポイントが増えた点火マップのようなリニアリティだと感じる。
ストロークが短くなったことで動作回数が増え、その分きめ細やかにエンジンの運転状況に対応しているようなイメージだ。
加速方向でも減速方向でも欲しいトルクが右手に呼応して自由自在に発生するエンジンは操る楽しさに満ちている。

スロットルを閉じるのが楽しい、と言う目から鱗が落ちるようなフィーリングを味あわせてくれた。

そして私はテストであることを忘れて夢中で峠を走っていたのだった。


新型レース

まず最初にお断りしておかねばならないが、私は従来品のレース用をテストしていない。こればかりは従来品との比較はできないのでお詫びした上で、ストリート用を基準とした私の個人的感想と踏まえた上でご了承いただきたい。

見た目は従来のレース用から一新。両方からねじ込むようなデザインになっている。(従来は片側だけだった)
サイズもやや大きいようだ。
新型レース用
Fig.03 コントローラー取り付け例2

 

口に咥えて吹いてみるとやはり90度以上は倒せない。取り付けてエンジンが掛かればクランクケースからのブローバイの脈動である程度逆止能力を発生すると言うが取り付け角度に限界はあって、サイズも大きく取り付け角度に制限がある面は気をつけたいところ。
取り付けてエンジンを掛けると新型ストリート用と同じく大きめの作動音が聞こえてくる。

ギアをローに入れて走り始め、スロットルを大きく開けたところでびっくり。
今まで感じたことのない振動を感じる。
本来内圧コントローラーは振動が減る方向に作用するのだが、レース用バルブは荒々しいフィーリングとともにあっという間に吹け上がる。
スロットルを閉じてまたびっくり。
まったくもってエンジンブレーキが利きません。
それはもうSRXが2サイクルにでもなったかのようにスロットルを閉じても滑走していきます。
勿論フルブレーキで最初のコーナーをやり過ごしましたが、かなり肝を冷やしました。

 

これは足回りに余裕のない車両やハイパワーエンジン搭載車には正直万人にはおすすめしかねるレベル。

確かにエンジンレスポンスは新型ストリート用コントローラーを含めても今まで体感したことないほど速くパワフルではあるけれど、その代償としてエンジンブレーキで一旦車体を安定させるような乗り方を許容しないもので、ストリートユースにはややリスキーな気がします。
何というか、エンジンが回りたがって勝手に先走ってしまうようなそんな側面を垣間見ました。
レース用と銘打つこのバルブは真にサーキットのようなクローズドコースでタイムを争うと言う目的に特化したバルブであり、街乗りに使うには減圧効果最優先という心構えと割り切りが必要かと思われます。

 

もし私がこのレース用バルブを自分の1JKで使うとしたらタイヤ・フォークのサイズアップやフレームの補強も見据えなくてはならないかもしれないと感じさせるインパクトとパフォーマンスを持った製品であると言えましょう。

総括

クランクケース内圧のコントロールとは単純ではないな、と言うのが正直な感想でした。
これは「効けば効くだけいい」と言うものではないなと。
特に新型レース用などはサーキットのような一定のコンディション下で、コントローラーを活かしきれる性能を持ったバイクを、扱いきれるウデのあるライダーが割り切って使って初めて意味がある存在、と言う気がします。

残念ながらマスプロダクトではそうは行かず、ライダーのレベルもマシンの性能もまちまち。
エンジン形式(気筒数や排気量)によっても効き加減は変わってくるでしょうし、ライディングスタイルや好みまでかかわってくる問題で、内圧コントロールは「減圧特性の良し悪し」という新たなステージに進んだようです。

今回のテストで新型ストリート用コントローラーの完成度の高さを感じた私ではあるけれど、たとえば4気筒車などではこれでも効きすぎると感じる人がいるかもしれない。
最近車両メーカーではクランクケースの減圧に取り組んでいるところもあるらしいので逆に思ったほどの効果が得られない車種があるかもしれない。
そういった意味では選択の難しい製品だと言う印象です。
取り付けるマシンは何か、オーナーはどんな特性が好みか、どんな使い方をしたいか、と言う方向性をあらかじめ大まかに決めて(わからなければ永冶氏に直接訊いてみるのも策)から製品を選ぶのが失敗しない選択法ではないかと感じた次第。

 

この点については永冶氏も感じているそうで、従来品も「ナチュラルタイプ」としてラインナップに残す方針だと言う。
そしてスポーツ走行に好適な今回の新型ストリート用を「スポーツタイプ」、レース用は従来品を代替する模様。

選択の幅が広がるのはユーザーとしては歓迎したいところです。

 

なお、四輪車では車重が重くエンジンブレーキが車体の挙動に及ぼす影響が小さいため内圧コントローラーがハンドリングに与える影響も小さいとのこと。特にエンジンブレーキがほとんど発生しないAT車ではどのバルブを選んでも問題がないそう。
MT車はエンジンブレーキが発生するのでドライビングスタイルに合わせてお好みで選ぶとよいのではないかと思われます。

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